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オリオンをなぞりたい人のブログ

オリオンをなぞりたいとは思うけど僕は僕のままでありたい。 というかマサイ族に混ざって一生ピョンピョン跳ねていたい。 あわよくば千の風になってあの大きな空を吹き渡っていたい。 そう思います。

トランクス派の私が歩んだ半生

知っている方は知っていると思いますが

私はトランクス派です。

 

男性なら共感して頂けると思いますが世の中の男性は大半、ボクサーパンツ派トランクス派で別れています。

 

今回は私のトランクス派として生きてきた道のりを書いていきたいと思います。

 

幼少期

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私は生粋のトランクス派である父のもとで育ちました。

そんな私は物心ついた頃からトランクスでした。

 

幼稚園の頃、初めて自分でトランクスを選びました。

確かスパイダーマンの絵柄でした。

 

あの日は最高の日でした。

 

小学時代

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小学校に入学して少ししてから

「ブリーフを履いている奴はカッコ悪い」

そんな風潮がありました。

入学当初からトランクスだった私はブリーフを履いている人をバカにしていました。

 

そんな風潮の中、トランクスを履く人は急増し

私の小学校の男子は殆どトランクスを履くようになりました。

私の回りの友人も皆、トランクスでした。

この頃がトランクス派の全盛期だったと思います。

 

悩みと葛藤

2008年、私が当時小学6年生。中国にて北京オリンピックが開催されました。

中でも一躍脚光を浴びた選手といえばウサイン・ボルト
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ジャマイカ出身のスプリンター。彼は男子100m決勝において9.58という驚異的な記録をマークし

瞬く間に人類最速の男の名を欲しいままにしました。

 

そんなボルトの契約メーカーはプーマ

その当時、私が履いていたのはプーマのトランクスでした。

私はボルトに憧れてボルトモデルのプーマのランニングシューズを買ってもらいました。
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それは凄く軽くてカッコよくて

遊びに行くときも友達と野球をするときもずっと履いていました。

学校で一番足が速かったわけではないけど

ボルトになった気分を味わうことが出来ました。

 

わざと靴をつんだしてプーマのロゴを見せびらかしたり

一塁に走り終えた後にボルトのポーズをとってみたりしました。
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私を笑っていた友人たちは偽物のクロックスや4本線のアディダスを履いていました。

優越感がありました。自分は最高にイカしてると思っていました。

 

しかし暫くしてボルトのスニーカーが盗まれたのです。

私は病院の靴置き場に置いていたはずのオレンジのスニーカーを必死で探しました。

しかしいくら探しても見つかることはありませんでした。

 

そして私の手元にはプーマのトランクスしか残りませんでした。



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私はただ速く走りたかった。

ボルトみたいになりたかった。

あの人みたいになりたかった。

彼みたいに両手を広げながらゴールしたかった。

彼みたいにクールになりたかった。

そしてボルトの持っているもの全てが欲しかった

 

私は努力なんかせずに靴の力だけでボルトみたいになれると思っていました、なれるはずないのに。

だけどプーマのロゴが私にそう思い込ませてしまったのです。

 

誰よりも早く走りたい」そんな夢を買っていたのに

それを奪われると足かせをつけられたように動くことが出来なくなりました。
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そうです、私は何時しかトランクスではなくてプーマのスニーカーこそが自分のアイデンティティになっていたのでした。

 

それ以来、私がプーマのスニーカーを履くことはありませんでした。

 

栄光とその陰

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中学に入るとトランクスを履いていた人たちはみなボクサーパンツを履くようになりました。

自分だけ置いてけぼりにされた気分でした。

 

ある日、私は友人に突然

「何故、ボクサーパンツなのか?」

 と問いました。すると友人は

「だってトランクスだとはみ出そうじゃん」

と答えました。

 

「お前、はみ出すだけのモノ持ってんのかよ」と言いかけましたが

全世界のボクサーパンツ派の人間を敵に回したくなかったので何も言いませんでした。

 

そして事件は起こります。

 

体育でマット体操の授業がありました。

今でも鮮明に覚えています、あれは中2の秋でした。

 

体育の先生が

「おーい、今から逆立ちの手本みせるから見とけー」

と言い私を皆の前に出しました。

 

私は逆立ちがある程度出来たので

「いいトコ見してやろう」

と思いながら、地面に手をつきました。


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そして体を持ち上げた瞬間、今まで味わったことのないような通気性を感じました。

私がこの不思議な感情に気付くまでにそう時間はかかりませんでした。

一瞬にして全てを悟りました

 

すぐさま私は逆立ちを止めました。

 

その後、授業中はその事しか考えられませんでした。

女子の顔を見る度に辛かったです。

 

後々、何人かの友人にキ○タマが出ていたかどうかを聞くと

幸にも見えてはいなかったそうです

 

多分、皆が見ていたのは横からだったので角度的に見えなかったんだと思います。

私は皆にいいトコを見せるどころか

見せなくていいトコまで見せてしまう所だったのです。

 

 

それから私は急いで親にスパッツを買うように頼みました。

それ以来、私はスパッツを履かずにスポーツをすることが出来ない体になってしまいました。

 

しかし数年後、また悲劇は起こります。

 

悪夢再び

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これは去年の夏の出来事です。

私はバレーボール部に所属していて、部の遠征で遠く離れた場所に来ていました。

大会の前日の公式練習、持ってきたボストンバッグを開いて準備をしました。

 

しかしいくら探しても

スパッツがありませんでした。

 

バレーボールをしている方なら分かると思いますがバレーボールのズボンは凄く短いんです。

私は泣く泣くスパッツを履かずに公式練習を行いました。

練習中、その事しか考えられませんでした。

全力でプレーが出来ませんでした。

 

そして公式練習終わりに後輩が近くのスポーツ店に「スパッツって売ってますか!?」と電話をかけてくれました。

勿論、買いにいきました。

 

私にとってのトランクスとは
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トランクス派として生きてきたこの人生、良いことばかりではありませんでした。

何度も「こんな時、ボクサーパンツだったら‥」と考えた場面もありました。

苦悩に苦悩を重ね、眠れない夜もありました。だから全裸で寝ました

 

しかし我々、トランクス派には絶対的に誇れるものがあります。

それはボクサーパンツでは感じられないこと。

それは締め付けられないが為に感じられること。

それは通気性がいいが為に感じられること。

そしてそれは嘗てのパンクロッカーたちが中指を立て、声を枯らしながら民衆に訴えたこと。

 

それは「自由」です。

 

おまけ

世界で一番短い歌詞の歌です。(ヘッドホン推奨)

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